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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)332号 決定 1958年8月09日

抗告人 奥山典昭

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告の趣旨及び理由は、別紙添付のとおりである。

記録によれば、亡沖山寅蔵は東京都西巣鴨癌研究所附属病院に入院中、昭和三十三年四月十一日付を以て抗告人との間の養子縁組届書を本籍地(東京都八丈島八丈町)役場に宛て郵送し、右届書は同月十四日到達したが、その前日なる同月十三日届出人死亡したものであることが認められる。従つて養子となるべき者が成年者であれば、届出人の死亡の時に遡つて直ちに縁組の効力を生ずるのであるが(戸籍法第四十七条)、抗告人は未成年者である故、これを養子とするには別に家庭裁判所の許可を必要とする。ところで民法第七百九十八条の規定によれば、右許可を得る手続をなすべき者は、その未成年者を養子としようとする者であつて、未成年者自身ではない。養子縁組は勿論両当事者の合意(代諾を含む)を基礎とするけれども、その成立過程として、先づ養親となるべき者が存在し、その者が個人的家庭的等種々な動機目的の下に養子をしようと決意することが前提となるのであるから、未成年者を養子とするについての要件である家庭裁判所の許可の如きも、当然その養子をしようとする者においてその申立をなすべきものとしたのであり、家庭裁判所は未成年者の利益が害されることのないよう、右養子の動機目的その他諸般の事情を勘案してこれが許否を決することとなるのである。それ故養親となる者が既に死亡している場合には、家庭裁判所に対し一般に養子縁組の許可を求める途はなく、養子たるべき者がその死者を相手方として右許可の申立をすることは到底許されないものと解せざるを得ない(抗告人の引用する家庭局長回答は、戸籍届出の委託確認に基く届出に関する案件であつて、この場合委託確認を受けた受託者が死亡した委託者(養親となる者)のために養子縁組許可の申立をなすべきものとしたのであり、養子たるべき未成年者が自らその申立をなしうることを認めたのではないから、右回答ももとより抗告人の所論を裏付ける資料とはならない)。

抗告人は、以上のように厳格に解釈すると、養親となるべき者が重病に臥して既に死期に近づき、家庭裁判所の許可を求める余日のない場合には、養子縁組は事実上なし得ない結果となるべく、家庭裁判所が未成年者の養子縁組に関与するのは、専ら当該未成年者の利益保護のためであるから、養子縁組の届書郵送後養親たるべき者が死亡したときは、養子となるべき未成年者の側より右許可の申立をすることを許しても、未成年者保護という立法の本来の趣旨に反することなかるべき旨主張する。右主張には一面の理がない訳ではないが、前叙現行法規の建前上、所論はこれを採用することができない。

結局右と同一見解の下に、抗告人の申立を却下した原審判は相当であつて、本件抗告は理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を原裁判所に差戻す旨の裁判を求めます。

抗告の理由

一、本件事実関係は原審判摘示のとおりであります。

二、原審判は養親となるべき者が既に死亡しているという一事を以て抗告人の申立を却下しておりますが、これは抗告人の利益を考えない不当な審判と思います。

三、即ち、養子縁組は届出によつて効力を生ずることは明らかであります(民七九九、七三九)従つて、未成年者を養子とする場合、その届出には通常家庭裁判所の許可が必要でありますから、その許可前に当事者が死亡すれば養子縁組の効力発生の余地はありません。又許可後でも届出前に死亡した場合は同様であります。

四、然るに本件においては、疏第一号証のとおり、縁組の届出は既に為され、ただ家庭裁判所の許可を得ていないので、之を追完すれば届出の時(本件では戸籍法第四七条により死亡の時になる。)に遡つて効力を生ずることになり、抗告人は許可を受ける必要があり又その利益を有するのであります。

五、新民法は家の制度を廃止したため遺言による養子縁組を認めませんが、といつて死期の近づいた者が養子をする必要がないとは云えず、又養子となる者にとつても縁組の実益がなくなるわけでもありません。そのことは、養子が嫡出子と同様第一順位の相続人であることから明らかであります。

六、ところで家庭裁判所の許可は通常申立ててから許可になるまで相当の日数を要します。これは手続上致し方ありません。従つて、死亡時期が近づき家庭裁判所の許可を待つていては間に合わないような場合には、先づ届出をし、許可は追完するという便法が許されて然るべきであります。

でないと家庭裁判所の事務手続の遅延のため届出が出来ないというような不都合な結果が生じます。

七、民法七九八条が未成年者を養子とするについて家庭裁判所の許可を要すると規定したのは、未成年者を保護するためであることは明らかで、そのことは同条但書によつても、又第八〇七条の規定によつても明白であります。

されば養子になる者にとつて有利(抗告人はそれにより養親の単独相続人となる。)でこそあれ、不利益なことは全然考えられず、而も養子となるものが養親の甥の関係にある本件において何ら之を拒否する理由はないのであります。

八、養親となるものが死亡した後においても、死亡した養親が未成年者を養子とする場合に、家庭裁判所の許可の必要なこと、又家庭裁判所は許可しなければならないことは、昭和三十年六月二十四日総第六五七号高松家庭裁判所長の照会に対する同年七月八日家庭甲第八八号最高裁判所家庭局長の回答によつても明らかであります。

同回答書には、許可審判の主文に「亡甲と乙との養子縁組をすることを許可する」旨表示するのが適当だとまで、記載されています。

九、右回答は、戸籍届出委託に関してのものでありますが、右は、その届出が有効に為され得る以上養親が死亡していてもその養子縁組を認める趣旨の妥当な回答であります。従つて、第三項に記載したように許可されても効力発生の余地のない場合即ち届出前死亡の場合は申立を却下するのが適当でしようが、本件の如く既に届出が為され許可のみあれば効力発生する場合には前記回答の趣旨と同様許可すべきであります。

以上の次第で原審判は失当と思いますから抗告の趣旨記載の裁判を賜りたく本抗告に及びました。

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